LCRホンダMotoGPライダー ステファン・ブラドル経歴
ステファン・ブラドルは、1989年11月29日にドイツのアウクスブルグに誕生。2011 年シーズン最終戦のバレンシアで、1993年にラーク・ダウディス(125cc)以来のドイツ人世界チャンピオンに輝く。ブラドルの初タイトルはドイツ人最年少チャンピオン記録も樹立する。
世界選手権で250ccクラスのライダーであったヘルムート・ブラドルの息子であるステファンの初の世界選手権参戦は、2005年に125ccクラスに3 戦ワイルドカードで出場後、2006 年よりフル参戦を開始する。マレーシアグランプリのウォームアップセッションチュに他のライダーとの接触による足の怪我を負う。2007 年も、ステファンはホンダのファクトリーマシンで125ccクラスのラインナップに選ばれる。しかしながら、テスト後、個人的な理由によりこのプロジェクトをとりやめ、スペイン選手権に参戦する。国内戦のステファンのライディングは、ブルセンス・アプリリアチームに世界選手権でのワイルドカード起用を促す。その後、残りのスペイン選手権のレースを戦う。
ステファンは、2008年よりキーファー・レーシングより世界選手権に参戦し、2勝し、6度の表彰台を獲得し、総合4位となる。2009年、キーファー・レーシングより125ccクラスに継続参戦。勝利を期待されたものの総合10位でシーズンを終える。ステファンとキーファーは、新設された中堅クラスのMoto2クラスへステップアップする。ドイツ人ライダーは開幕から5連戦、ポールポジションを獲得。この記録は、2003年に中堅クラスで記録が確立されて以来。ステファンの安定性と冷静さは、彼に11度の表彰台(うち4度は優勝)をもたらす。マレーシアグランプリで負傷し欠場を余儀なくされたスペイン人ライダー・マルケスに23ポイントの差をつけ、最終戦のバレンシアで世界チャンピオンのタイトルを獲得する。
Moto2クラス最終戦の翌日、ステファンはLCRホンダRC212Vをテストし、その順応性と才能にチーム・マネージャーのルーチョ・チェッキネロを含めた関係者を驚かせる。この後、最高峰クラスでの2年間契約を結ぶ。
ステファン・ブラドル: “初めてバイクに乗ったのは、父が僕の後ろに乗ってくれて運転したときだよ。父が乗ってくれなかったら、落っこちそうなほどだったんだ。僕はまだ4歳で、ホンダのQR50のポケットバイクだったよ。エンジン音にびっくりしてしまって、すぐにガレージの外へ走りだしたよ。僕はじこの仕事をするために生まれたんだね。今では、MotoGPを走り、父がバイクの後ろに乗ってもらう必要はなくなったけど彼のサポートは大切なんだ。ホンダRCVの威力がどんなにすごいかは想像できるものではないよ。すべてのコーナー、ギア、これはもう本当の戦いなんだ。
Info
生年月日: 1989年11月29日 (22 歳)
出身地: アウクスブルグ、ドイツ
初グランプリ: カタルーニャ – 2005年 – 125cc
初ポールポジション: カタール – 2011年 – Moto2
初表彰台: カタール – 2008年 – 125cc
初勝利: チェコ – 2008年 – 125cc
グランプリ出場数: 86
グランプリ勝利数: 7
表彰台: 18
ポールポジション: 7
レース最速タイム: 5
World Championship 勝利数: 1 – 2011年 – Moto2
2011 総合ポイント: 274
MotoGP 経歴
2005年: 世界選手権125ccクラス – 35位(KTM)、 3 戦、 1 ポイント
2006年: 世界選手権125cc クラス – 26位(KTM)、 9 戦、 4 ポイント
2007年: 世界選手権125cc クラス – 18位(Aprilia)、 9 戦、 39 ポイント
2008年: 世界選手権125cc クラス – 4位(Aprilia)、 17 戦、 187 ポイント、 2 勝
2009年: 世界選手権125cc クラス – 10位(Aprilia)、16 戦、 85 ポイント
2010年: 世界選手権Moto2 クラス – 9位 (Suter)、16 戦、 97 ポイント、 1 勝
2011年: 世界選手権Moto2 クラス – 1位(Kalex)、16 戦、 274 ポイント、4 勝